SAH Sports Column

スポーツと平和 広島ドラゴンフライズおりづる賞に込めた想い

 株式会社広島マツダで,代表取締役会長兼CEOを務める松田哲也です。


 昭和8年に創業した当社は,マツダ車を中心とした自動車販売を軸に,アパレル,飲食,システム開発,人材派遣など,様々な分野に進出し,現在は計20以上の事業を展開しています。


 その1つが,広島平和記念公園そばに立つ「おりづるタワー」。

2016年のオープン以来,県内外はもちろん,海外からも多くの方に来場いただいております。


 スポーツ分野においても,広島の企業として,地域に密着したスポーツ振興を促進する取り組みを実施。今回はその中でも,広島ドラゴンフライズのホームゲームにおける活動と,僕自身が広島のスポーツに抱く想いをお話させてください。

おりづるにスポーツ発展の思いを乗せて

       (写真提供:株式会社広島マツダ)

 2013年に創設された県内初の男子プロバスケットボールチーム広島ドラゴンフライズは,2020-21シーズンから念願のB1リーグへ昇格。まさに今,チームとして大きく躍動のときを迎えています。

 
 当社では,2018年より,広島ドラゴンフライズが実施する「ピースプロジェクト」として,試合開始前の両チーム代表による「おりづる交換」や,その試合で最もフェアプレーをした選手を表彰する「おりづる賞」など,広島ならではの活動を行っています。


 これまで僕はバスケットにはあまり縁がなく,実はルールもよく知りませんでした。しかし数年前,知人から広島ドラゴンフライズ代表取締役社長である浦伸嘉さんをご紹介いただき,意気投合。チームやクラブと深く関わるようになりました。浦さんから「これからはプロチームとして,社会貢献活動にも取り組んでいきたい。広島の象徴である平和,そしておりづるタワーやおりづるをモチーフにしたプロジェクトを行いたい」という相談を受けました。


※広島ドラゴンフライズピースプロジェクト…国際平和都市「ヒロシマ」における平和活動を,バスケットボールのもつ競技精神「リスペクト」とグローバルな競技人気を活用し,広島ドラゴンフライズだからこそ実現できる活動を,短期的かつ長期的に,そして具体的かつ創造的に実施していくことをコンセプトとしたプロジェクト。

  (写真提供:株式会社広島マツダ)

 ここで少し,僕が考える「平和」や「おりづるタワー」への思いを,お話させてください。

 「おりづるタワー」は約7年の月日をかけ,2016年にオープン。その前身となるビルが売りに出され,たまたま参加した見学会で見た屋上からの景色に,僕は一目惚れをしました。「僕のやるべき道はこれだ。この景色を全世界の人に見せることが僕の使命だ」と感じたことが「おりづるタワー」建設に結びついています。


 僕をはじめ,広島在住の方々は,他の都市よりも平和教育を盛んに受け育ってきたと思います。ただ僕たちは,実際の戦争を経験していません。単に広島に住んでいるだけで「反戦・反核」と訴えてもリアリティがなく,正直どこか「嘘っぽく感じる」部分がありました。


 「僕たちなりの平和の伝え方がもっと他にあるのではないか……」長年模索する中,現在の広島をアーカイブとして残し,しっかりと次の世代に伝えていくことが重要だと考えました。


 「おりづるタワー」から見えるのは,原爆ドームそのものに加え,その向こう側に広がる素晴らしい景色です。原子爆弾投下によって何もかも無くなった75年前から時が経ち,たくさんの人が広島の復興に全身全霊をかけ,現在の広島があります。この景色から,人間の強さや,今後の広島を感じられます。

       (写真提供:株式会社広島マツダ)

 つまり僕が伝えたいのは,戦争の悲惨さよりも,今ここにある広島と,未来の広島です。辛く悲しい過去ではなく,温かく優しい未来です。広島には,原爆を落としたアメリカを受け止め,受け入れ,さらに全世界の人たちを受け入れるムードがあります。人種や宗教,イデオロギーを超えて,誰でも平和を感じられる場所,それが「おりづるタワー」なのです。


 広島ドラゴンフライズの「おりづる交換」や「おりづる賞」も理念は同じです。試合開始前におりづるを交換し,定められたルールのもと平和的に戦います。試合終了後,相手へのリスペクトを大切にするというメッセージを込め,おりづる賞を贈ります。お互いにエールを送り称えていく過程には,人間の強さや優しさがあります。「おりづるタワー」の理念,そして僕が長年考えていた想いと,広島ドラゴンフライズの大志が合致したこと。これが,ピースプロジェクトの根底にあるのです。

初心者でも楽しめるバスケットボール観戦の魅力

       (写真提供:株式会社広島マツダ)

 近年,広島ドラゴンフライズの知名度が上がり,大変な盛り上がりを見せていることを,非常に嬉しく思っています。僕も仕事の合間を縫って,よく観戦に行っています。バスケットボールの魅力は,攻守の切り替えが早く得点シーンが多いため,最後の最後まで目が離せない試合展開です。それに,延長がなく決まった時間に終了するため,老若男女が観戦しやすいのも特徴。全天候型の屋内試合なので,雨天でも問題ありません。ルールが分からなくても熱狂でき,誰でも入りやすく間口が広いスポーツだと思います。特に広島ドラゴンフライズの試合はコートが近く,選手を間近で感じられるので,アグレッシブな戦いに魅了されるでしょう。


 当社は広島東洋カープやサンフレッチェ広島も企業として応援していますが,広島ドラゴンフライズは,創世記から携われたチームとして特別な存在です。プロチームの立ち上げ時から携われるのは,すごく幸せこと。無名のアイドルを育てるファンのような気持ちに,少し似ているのかもしれません。

街の中にスポーツがある当たり前を

       (写真提供:株式会社広島マツダ)

 広島の街にさまざまなスポーツができる場所があればと考えています。例えばアメリカや東南アジアの国々に行くと,いたるところにバスケットゴールが設置。しかし日本は,そのような環境が皆無です。むしろ,公園でのボール遊びを禁止する国になりつつあります。


 僕が子どもの頃は,街中の小さい公園で野球やドッジボールをして遊んでいました。残念なことに,今はそれが許されない時代です。子どもたちは,スポーツで遊びながら,自然と友達を作り,コミュニティができ,コミュニケーション能力を身につけます。子どもは宝です。子どもたちが生き生きと育つ世の中に変えていかなければなりません。


 バスケットだけではありません。サッカーやバレー,野球やバトミントン,あらゆるスポーツを気軽に行える場所がありません。中学校や高校の部活動で必死に汗を流し,力を注いだスポーツも,卒業すればプレーする場所がない。これが広島の現状です。

       (写真提供:株式会社広島マツダ)

 そして,競技として普及が進むスケートボードを行える場も,ほとんどありません。日本では,スケートボードをやる人は,見た目や格好も含め,ちょっと悪いという印象があるかもしれません。しかし彼らを悪い人と決めつけるのはおかしいことです。場所を提供し,もっともっとオープンにすれば,そこからオリンピック選手が出る可能性も,多いにあります。


 たくさんの美しい川が流れるのも広島の魅力です。その河川敷を利用し,誰もが集えるスポーツの場所があれば,より素晴らしい街になると思います。また,平和大通り沿いにバスケットパークやスケートパークがあれば,よりピースフルな雰囲気に溢れるでしょう。


 広島は,原爆を乗り越え,あらゆる人や物を受け入れてきた土壌があります。何もかもゼロから作り上げてきました。だからこそ,我が街は新しいことができる可能性に溢れていると思います。全てを禁止するのではなく,お互いを許し合える寛容な空気を,みんなで作っていきませんか。今すぐには難しいかもしれませんが,10年20年と長い年月をかければ,広島はより良い街に変化すると思います。

文化として見る広島スポーツの価値

       (写真提供:株式会社広島マツダ)

 人間が健康的に生きるために,スポーツはなくてはならない存在です。美術館で芸術を鑑賞すると街の文化度が上がるのと同じく,体を動かすことによって人々が心身ともに健康になり,街の成熟度も上昇すると考えています。広島市の人口は約110万人と,他政令指定都市と比べ規模は小さいかもしれません。


しかし,広島東洋カープをはじめ,サンフレッチェ広島や広島ドラゴンフライズ, JTサンダーズ広島などさまざまなチームやクラブが存在しています。彼らが盛んに活動していること自体,街の文化レベルの高さを物語っていると思うのです。


 メジャー,マイナーに関係なく,スポーツは生きていくうえでとても重要です。街の成熟度は,スポーツの活性度で測れるものだとも感じています。今後のスポーツアクティベーションひろしまの活動に大きな期待を抱き,広島の地場企業として地域スポーツを熱く応援していきたいと思います。

【松田哲也 Matsuda Tetsuya】
株式会社広島マツダ 代表取締役会長兼CEO


 広島市出身。関西大学法学部卒業後,神戸マツダモータース(現・神戸マツダ)勤務を経て1995年,広島マツダ入社。各役職を経て,2006年,6代目社長に就任。マツダ発祥の地「広島」を拠点とする基幹ディーラーとして着実に歩み,2015年に社長退任。現在は,広島マツダ会長兼CEOを務めながら,計20以上の革新的な事業を幅広く運営する。