コラム

スポーツによる地域活性化とその検証

東海大学体育学部スポーツレジャーマネジメント学科 講師 押見大地

皆さんこんにちは。東海大学で教員を行っております押見大地と申します。今回はタイトルにあるように「スポーツによる地域活性化」を中心テーマに、スポーツが地域にもたらす効果やその検証方法など最新の動向を踏まえてご紹介していければと思います。

地域活性化とは?

皆さんは、しばしば地域活性化という言葉を耳にすると思います。ただ、地域活性化とは具体的にはどのようなことを指すのでしょうか?私が最近取り組んでいる研究テーマの一つに、「スポーツイベントが開催地域にもたらす経済・社会効果」があります。すなわち、スポーツイベントって開催地域にとってどんな良いこと(悪いこと)があるの?という研究です。一般的には、こうした効果は、経済効果と社会効果の大きく2つに分けられます。経済効果とは、「お金や雇用」のことを指し、数値換算しやすいことから有形効果とも言われます。一方、社会効果とは、「都市イメージの改善」とか「地域の信頼感・結束力が強まる」といった効果のことを指し、無形効果とも言われます1)。広島東洋カープが優勝した時などに得られる興奮や感動・一体感などはまさに社会効果の好例と言えるでしょう。

経済効果は万能ではない??

これまでは、お金や雇用に換算されるというその「わかりやすさ」から経済効果がスポーツイベントの効果測定などには用いられてきました。もちろん、今でも経済効果は重要な指標の一つですが、いくつかの盲点もあります。例えば、イベントを開催することで人が流入し、消費が生まれることによって経済効果が生じることは間違いありませんが、一方で、イベントが開催されることによる機会損失、すなわち他のイベント開催のチャンスが潰されるという現象も起きます。また、イベント開催に伴う物価の上昇(例:ホテルの値段上昇)によって、イベントとは関係のないツーリストがその他の地域へ逃げてしまう(Leaking)の可能性2)やイベント開催のために建設した施設の維持コストなども挙げられます。こうしたコストを考慮した経済効果の測定法等もありますが(例えば、費用便益分析:Cost-Benefit Analysis)、どこまでコストを含むのか等は、分析者の視点によって変わってくるという側面もあります。

住民への幸福感への着目

そこで、近年着目を浴びつつあるのが社会効果であり、例えば、何かイベントを開催するにあたっては「イベントが開催される地域住民の満足度や幸福感」がイベント成功の指標の一つとして用いられるようになってきています3)。スポーツイベントの開催には、公的資金の導入や、警察・消防の協力、公共施設の利用、あるいは地元住民によるボランティアの確保など、開催地域の資源が使われます。

また、イベント開催に伴う混雑や混乱は地域住民にとっては迷惑となる可能性を秘めており、持続可能なスポーツイベントの開催には開催地域との良好な関係づくりが重要であることは多くの研究でも指摘されています4)。だから「住民の幸福感」に注目が集まるのです。

すなわち、イベント開催によって地域住民が不幸になるようであれば、そのイベントは長続きしない可能性が高いということでしょう。

地域課題の解決にスポーツを活用する

スポーツイベントを開催する際に我々が陥りやすいのは、「イベントありき」で物事を進めることです。重要なのは、イベントの開催を目的とするのではなく、「何らかの地域課題を解決する手段としてスポーツを活用する」という視点になります。それが、経済効果なのか社会効果なのか、あるいはその両方なのかは地域によって異なってくるはずです。一番避けるべきは、地域が持つ資源や許容量(キャパシティ)を超えた大きなイベントの誘致や開催でしょう。私も含め、スポーツサイドの人間が注意すべきは、「スポーツは良いものだから地域にとっても良いはずだ」という思い込みです。もちろん、スポーツは経済効果に加えて社会の一体感を向上させ、興奮や感動を引き起こし、人々のロイヤルティ(愛着や信頼)を高める効果があります。

しかしながら、スポーツによる地域活性化が目的の場合、優先順位は地域課題の解決が先でスポーツは後です。地域が抱える課題は何か?そして、それを解決する手段の一つとして、スポーツはどのような効果が期待できるか?という思考プロセスが重要であり、目的と手段を混同してはならないのです。

地域活性化の成果を評価する

何かをマネジメントするためには、その活動を測定しなければなりません。Plan(計画する)、Do(実行する)、Check(評価する)、Action(実行・改善する)で構成されるPDCAサイクルは、品質管理の行程を表しますが、このCheck(評価する)という行程がスポーツイベントの現場ではあまり行われていない印象があります。私が笹川スポーツ財団の協力を得て取り組んだ他の研究では、参加型スポーツイベント(例:マラソン、サイクルイベント等)の好事例(ベストプラクティス)を対象に、どのようにしてイベントを実施し、成功に導いてきたのかを検証しました。ここで挙げられる課題の一つに、Check機能が働いていない・不十分であるというものがあります。理由としては、「ノウハウがない」「人員を割けない」というものが多数です。数値として客観的に計測しなければ、どこをどれくらい改善すれば良いのか、改善したけどその効果はあったのか?ということが明らかになりません。日本でも、数値や根拠(エビデンス)をもとに政策を決定していくエビデンス・ベースド・ポリシーメーキング(EBPM: Evidence Based Policy Making)の重要性が語られるようになってきており、根拠をもとにAction(実行・改善)に移る取り組みの促進が期待されます。

社会効果が投資対象としての評価基準に

近年、財務リターンと社会的・環境的インパクトを同時に生み出すことを意図するインパクト投資が注目を浴びています。国連が2015年にSDGs(持続可能な開発目標)を掲げたように、今後は社会・環境に配慮を行う組織が経済的にも社会的にも評価されていくでしょう。スポーツはこの潮流と親和性が高く、特に健康や教育といった部分でその力を発揮することが期待できます。また、社会効果の新たな指標として社会的投資収益率(SROI: Social Return of Investment)があり、UEFA(欧州サッカー連盟)はこの指標を用いて、リーグがもたらす健康や社会的な効果をお金に換算した形で数値化しています5)。日本政策投資銀行も「スポーツの価値算定モデル」を2020年3月にリリースしており6)、スポーツの得意分野である社会効果を経済価値化していく動きは今後注目に値します。私自身も、こうした活動に現在取り組んでおり、社会課題の解決に役立つスポーツのあり方を、スポーツマネジメントの研究・教育者として模索していきたいと思っています。


押見大地

Daichi Oshimi

東海大学体育学部スポーツレジャーマネジメント学科 講師(株)JTB首都圏にて勤務後、早稲田大学スポーツ科学研究科修了

早稲田大学スポーツ科学学術院助手・助教、オタワ大学客員研究員を経て2018年から現職

主な論文・著書

●押見大地 (2020). メガスポーツイベントによる社会効果:東京2020オリンピック・パラリンピックにおける検証. スポーツマネジメント研究. 印刷中.

●押見大地 (2017). スポーツ消費者行動モデル(10章)・顧客満足、顧客ロイヤルティ、顧客価値(18章).「よくわかるスポーツマーケティング」(共著)、仲澤眞・吉田政幸編著.ミネルヴァ書房.

●押見大地、原田宗彦、福原崇之 (2013).(第1章)心理学から見たJリーグファン.「Jリーグマーケティングの基礎知識」(共著). 創文企画、pp.23-74.

参考文献

1) Preuss, H., Seguin, B., & O’reilly, N. (2007). Profiling major sport event visitors: The 2002 Commonwealth Games. Journal of Sport and Tourism12, 5–23.

2) Liu, D., & Wilson, R. (2014). The negative impacts of hosting mega-sporting events and intention to travel: A test of the crowding-out effect using the London 2012 Games as an

example. International Journal of Sports Marketing and Sponsorship15(3), 161–175.

3) Littlejohn, M., Taks, M., Wood, L., & Snelgrove, R. (2016). Sport events and happiness: towards the development of a measuring instrument. World Leisure Journal58(4), 255–266.

4) Djaballah, M., Hautbois, C., & Desbordes, M. (2015). Non-mega sport events’ social impacts: A sensemaking approach of local governments’ perceptions and strategies. European Sport Management Quarterly, 15(1), 48–76.

5)UEFA公式ホームページ (2019)

https://www.uefa.com/insideuefa/news/newsid=2598488.html

6) 日本政策投資銀行公式ホームページ(2020)

https://www.dbj.jp/ja/topics/dbj_news/2019/html/20200302_79878.html