COLUMN / INTERVIEW コラム・取材記事
福山市における今後のスポーツ振興とは
皆様、こんにちは。
福山大学経済学部経済学科・スポーツマネジメントコース専任講師の中村和裕と申します。
私は広島県の最東南部にある福山市で生まれ育ちました。柔道家であり、プロの総合格闘家を経て、現在は福山大学経済学部で、スポーツの道を志す学生たちにスポーツマネジメントに関する講義を行っています。
また、広島県福山市では、2017年からスペシャルオリンピックス柔道プログラムを開催させていただくなど、知的・発達・精神障害を持つ子どもたちへ柔道の楽しさや、格闘技を通じて得られる精神性などを教えています。2022年11月4日(金)~6日(日)には広島県で初開催となる、「第8回スペシャルオリンピックス日本夏季ナショナルゲーム」が行われます。
オリンピックの勝者が称賛されるスポーツの形ではなく、スペシャルオリンピックスの誰もが称賛されるスポーツの形を広島県でおみせできることは、共生社会構築の一助になるものと考えています。
今回は、私が柔道家となった経緯、そして故郷である福山市に必要なスポーツ推進の形とはいかなるものか、私の考えやビジョンについてお話させて頂きます。
柔道に明け暮れた学生時代
私が初めて柔道に出会ったのは、小学3年生の時でした。実家の近所にあった柔道場に母親の薦めで通いはじめました。最初は全くやる気がなく何でこんなことをしなければならないのかと思う毎日でした。
柔道を好きになったきっかけは、中学1年生の時に引っ越しをしたことで、それまでいた道場の序列関係を抜けて新たな環境で、序列形成に再度挑戦できたこと、そしてその中で知り合った仲間の存在が大きかったと考えています。スポーツコミュニティの序列が形成されるとそれがルーティンとなり現状を変化させることは難しいと考えます。
そういった時には思い切って環境を変えることも大切だと学びました。その後は、柔道がなければ生活ではないという思考になり、県大会や中国地方大会などで上位に入賞するようになりました。
中学校を卒業したのち、福山市にある近畿大学附属福山高等学校へ入学しました。高校3年生のときに出場した全国大会では、マイナス95キロ級で広島県大会優勝、インターハイはベスト8の記録でした。
その後は、千葉県勝浦市にある国際武道大学に入学し柔道を続けました。大学4年生時には、全日本学生体重別選手権(通称インターカレッジ)で決勝に進出し、その実績が認められ、柔道の強化指定選手としてナショナルチームに所属することになりました。
長く続けてきた柔道を活かすため、大学卒業後には企業スポーツチームである京葉ガス柔道部に所属し、2002年の全日本実業団柔道個人選手権大会では、マイナス100キロ級にて優勝を果たしました。京葉ガスに所属してから1年10ヶ月ほど経ったとき、私に転機が訪れます。それは、長らく共に稽古を続けてきた格闘家の吉田秀彦※氏が吉田道場を開いたことです。
※吉田秀彦…愛知県大府市出身。バルセロナ五輪柔道男子78kg級金メダリスト。現在は吉田道場を開き、師範を務める。
私は京葉ガスを退職し、吉田道場入りしてプロの総合格闘家へ転向しようと決意し、2003年3月、24歳の時にプロデビューから、2014年12月、35歳の引退までの約11年間、プロの総合格闘家を職業としました。そして、引退後の2015年4月に、地元である福山大学赴任のため帰郷し現在に至ります。
福山市としてやるべきスポーツ振興とは
大学でスポーツマネジメントを教えながら、私自身も故郷である福山市のスポーツはいかなる形が必要なのかについて考えています。
『広島』と聞いたとき、多くの人は「原爆ドーム」や「平和記念公園」など、国際的にも有名な広島のシンボルを思い浮かべると思います。スポーツに関してしも、広島カープやサンフレッチェ広島、JTサンダース広島、広島ドラゴンフライズなどが、報道される機会が多いかと思います。
しかし、それらは広島市内に集中しており、特に福山市は広島市内からは東に約100キロの場所にあり、気軽に観戦という環境ではありません。
福山市は2020年で約46万人の人口を擁する全国有数の地方中核都市で、1916年の市制施行後、とりわけ戦後、人口規模と市域面積を急激に拡大させており、事業所数・従業員数は2016年に至っても大幅な減少をみせる全国と対照的に2万事業所、20万人雇用を維持しています。
しかし地域スポーツ推進に関しては、総合型地域スポーツクラブの理念に準じたクラブは限定的であり、地域スポーツ推進の旗頭となりうるプロスポーツ球団も存在していません。
スポーツが担う地域エンターテイメントという意味では発展途上地域と言えます。市町村単位の視点で、スポーツ産業を考えるならば福山市は広島市内にお金が流出しているのが現状でしょう。だからこそ、これからは市外のスポーツへ目を向けるのではなく、市内でのスポーツに対する内需拡大の姿勢が必要かと考えます。
一方で、最近では、福山市を中心とした備後エリアで活動するサッカーチーム「福山シティFC」がだんだんと頭角を現しつつあります。何もないと市民の多くが言ってしまう福山市でも、地域密着型プロスポーツビジネスの市場を醸成できれば、スポーツの力で地域全体を変えられる可能性は十分にありますし、もっといえばその可能性は非常に高いと考えています。
福山市は広島市に比べて、戦後に自主独立的に作られた企業が多く、そのなかでも独自のものづくりに特化した企業が多いため、中小企業数を人口割合でみれば福山市の方が圧倒的に勝っています。広島市のような都市バリューだからできるスポーツ推進の形があれば、福山市の都市バリューだからこそできる推進があるはずです。
小さなスポーツ資源をつなぎ、大きな輪へ
現在、私は福山市スポーツ振興課と福山市スポーツ協会とともに、ふくやまスポーツアカデミー※1などの取組を行い、福山市のスポーツ推進を行っています。私たちが地域のスポーツ推進を考えるとき、最も大切にしているのは、「地域にある産学官民金言それぞれのスポーツ資源の合意を形成する」ことです。
例えば、地域生活者が、「このまちでスポーツに関わる事業をしたい」と思考した時、1人では限定的なプロジェクトを、下支えできるような地域スポーツコミッション※2の基盤を整え、その地域に住む多様な方たちに意見をもらえるなど、協力・協働を可能にする場が必要だと考えています。
※1ふくやまスポーツアカデミー…スポーツを通じた地域活性化を目指す為、スポーツの視野を広げる・普及の観点から、スポーツ業界の第一線で活躍中の講師による講義と事業実施を目標に、行われている講座。(令和2年度は全8回を予定)
※2スポーツコミッション…スポーツと、景観・環境・文化などの地域資源を掛け合わせ、戦略的に活用することで、まちづくりや地域活性化につなげる取組を推進する組織。
昨今の主流であるスポーツツーリズム誘致特化型の地域スポーツコミッションではなく、それを包括しながらも、多様にある地域スポーツ資源という点を線で結び、面にしていくような地域スポーツコミッションの醸成が必要と考えます。そのためにはある程度計画された制度設計の上、トップダウンではなくボトムアップでみんなが参画者意識を持てるフレーム構築が必要です。そのような制度設計やフレーム構築の最適な手法については、他地域の事例やふくやまスポーツアカデミーなどの実働から理論の構築をしている最中です。そんなトライ&エラーを繰り返しながら、いつか市民が志民に変わる時に何もないとは言わせない福山市になるのではないかと考えるところです。
中村和裕
Kazuhiro Nakamura
福山大学経済学部経済学科専任講師
広島県福山市出身。2001年~2003年に全日本柔道連盟強化指定選手となり、2003年~2014年では、総合格闘家で「PRIDE、UFC」などの国際的な総合格闘技イベントに参戦。2015年に引退し、現在に至る。