COLUMN / INTERVIEW コラム・取材記事
ファンの笑顔を夢見る新人球団職員の”いま”
2020年のプロ野球はいつもと違う。昨年からそれは覚悟していた。今年のプロ野球は、東京オリンピック・パラリンピックの開催に合わせて、シーズンの途中で中断することになっていたからだ。
シーズン途中に中断をはさむことで、選手のコンディションなどに少なからず影響が出て、いつものシーズンのようには進まないだろうなという覚悟をしていた。
しかし、私たちを待ち受けていたのは、プロ野球史上、いまだかつてないほどの困難であった。
1月に国内初の新型コロナウイルス感染症の症例が確認され、2月中旬以降から新規陽性患者数が増加傾向となり、日本野球機構(NPB)は、プロ野球オープン戦を無観客で開催することを決定した。
さらにNPBは、3月20日に予定していたプロ野球公式戦の開幕延期を発表し、私たちの生活の中から野球に触れる機会が失われていった。
国の緊急事態宣言による、自粛期間を経て、6月19日にプロ野球公式戦が開幕し、無観客ではあるものの、私たちの日常に野球が戻ってきた。
まさか日常生活がこんなにも変わってしまうなんて、去年の今頃には思ってもいなかった。毎年、2月になればキャンプが始まり、オープン戦を経て開幕、熾烈なペナントレースの先に、日本一をかけた熱い戦いが待っている。こんな当たり前の日常が遠い過去のように思えるほど、日常生活は変わってしまったのだ。
特に、ひろしまにおいては、カープの試合がない日常はなんだかとっても寂しい。スーパーや量販店の店員さんがカープのユニフォームを着て働いていたり、職場での話題にカープが上ることが当たり前であったりする土地柄なのだ。カープの話題がないひろしまのまちは、心なしかいつもよりも沈んで見えた。
このような状況の中でも、ファンに笑顔を届けるため、懸命に働いているのが球団職員だ。裏方と言われる球団職員であるが、誰よりもカープの魅力を知り、誰よりもその魅力を肌で体感している。カープのもつ魅力を最大に活用して、ファンの笑顔を生み出していく彼らの“いま”に迫った。
今回、“いま”を語ってくれたのは、入社1年目、この3月に採用されたばかりの竹原 雄人(たけはら ゆうと)さん。呉市の出身という竹原さんは、家族の影響で子供のころからのカープファン。群馬県の上武大学に進学して、硬式野球部のマネージャーとして入部、さらに侍ジャパン大学日本代表のマネージャーも務めた、マネージャーのプロフェッショナルだ。そんな竹原さんが、球場へ足を運ぶファンの姿を夢見ながら語ってくれた。
――他にもプロ野球球団がある中、なぜ広島東洋カープを選んだのか?――
僕は地元が呉市で、家族の影響もあって昔からカープが好きでした。率直に「好きなカープの職員として働きたい!」と思っていて、プロ野球の球団職員になりたいから受けるという考えではなかったんです。野球部の活動もあり、あまり就職活動にかける時間がなかったのもありますが、他球団や他業種の企業は一切受けず、カープ一本で受けました。それくらい自分の一番好きな球団で、大学で学んだことを活かして働きたいという思いが強かったですね。
――念願叶い、広島東洋カープの球団職員として働き始めた率直な思いは?――
今季は新型コロナウイルス感染症の影響で、開幕が延期になり、お客様もスタジアムに来ることができていません(7月10日現在)。僕はファンサービス課に所属しているので、実際にメインの業務ができていないのが現状です。なので始めは業務に関して、一般的なことを先輩方から学ぶ毎日でしたね。
日々働いていて感じるのは、職場が良い意味でフレンドリーということですね。野球は上下関係が厳しいとか、堅いイメージがあると思うのですが、先輩方に質問もしやすく、業務に集中できる環境で働けています。
また、球団職員と聞くと、選手に近いとイメージしがちです。僕自身も漠然としたものしか知らなかったですが、様々な部署があって、選手から近い部署もあれば遠い部署もあり、それぞれが担当する業務に集中していると感じますし、意外だと感じた部分でもありますね。
――無観客でのホームゲーム開催時の印象は?――
お客様がいないので、一球一球歓声が上がることもなく、違和感?というのが伝わりやすいかなと…。スタジアムの景色が全く違って、チャンスになっても応援歌が聞こえないスタジアムは、やはり寂しいですね。選手もモチベーションを維持するのが大変だと思います。でも、中継の際に解説者の方がよく言われる「球音」や「選手の掛け声」が聞こえるという面では、新鮮さは感じましたね。
また普段、スタジアムが満員になることが当たり前ではないというのは実感しました。一ファンとしても、運営する側としても忘れてはいけないことだと感じましたね。
無観客試合をしたからこそ、普段当たり前だと思っていたことが当たり前ではないですし、今まで気づけなかったことに気づく機会になったと思います。
――7月14日から観客を動員しての試合が始まるが、どんな業務をする予定なのか?――
チームのマスコットキャラクターであるスラィリーのタイムスケジュールの管理や準備、また、「わがまち魅力発信隊」という県内外の地域をPRするためのイベントを行うので、その打ち合わせや当日の段取りなどをする予定です。7月14日から、お客様にスタジアムに来てもらって試合を開催できるので、しっかり経験して学びたいと思います。
※7/10にインタビューをしております。
――1年半前にこういう形で野球に関わることを想像できていた?――
全くできなかったですね。漠然とただ「受けたい!」という気持ちはあったのですが、そこからのアクションはまだ見えていなかった時期です。
――広島東洋カープを受ける!と決めた瞬間は?――
昔から自分で決めたことは貫くタイプだったので、素直に自分の想いを優先して決めましたね。周囲には反対されることもありましたが…(笑)学生時代所属していた野球部のモットーが「来ていただいた方に喜んでもらう」だったので、その頃から今の仕事に通ずるものはあったのかなと。今の自分が野球選手としてお客様に喜んでもらうプレーをするのが無理でも、大好きなチームで、何かお客様に喜んでもらえることができて、尚且つ今までの人生で経験したことがない「日本一」に近い球団で働くチャンスがあるなら、とにかく挑戦したかったです。
――実際に採用試験を受けてみて手ごたえはあった?――
一次試験が作文だったんですけど一次が一番手ごたえがなかったです(笑)面接試験は手ごたえというより楽しかったですね。
――合格通知を受けた瞬間は?――
まずメールで送られてきたんですけど、スマホの画面をすぐスクリーンショットを撮りました!野球部の練習中だったので、大声は出せなかったですけど、まずはスタッフに伝えました。試験を受ける時にチームを離れて迷惑をかけてしまっていたし、僕の想いをどんな形でも応援してくれていたので、感謝しています。実際に郵送で内定通知書が届いてから実感が湧いてきました。
――監督のリアクションは?――
5秒くらい黙って…聞こえてないのかなーと思って、もう一度伝えたんですけど「お前すごいな」と一言もらいました。監督は、はじめはカープを受けても受からないと思っていたそうなので(笑)その一言が嬉しかったですね。
――今後やってみたい業務やイベントは?――
今後の予定が全く分からないので、例年行っているファン感謝デーなども出来るかわかりません。なかなか新しいイベントを始めるもの難しいところがあります。
だからこそ、普段やっているイベントができるようになったとき、今までよりもファンの方に楽しんでもらえるイベントにしたいと思っています。まだ僕、初めてでやったことないんですけど…(笑)
あとは、挨拶一つにしてもお客様への感謝の気持ちをもって取り組みたいです。1年目でこういう状況で業務を行うのは、僕たちの世代だけですし、この経験を経て感じたことや学んでことを次の世代に繋げていく必要もあると思っています。
また、県外に住んでいるファンの方は、普段に比べてさらに試合を見る機会や選手と触れ合う機会が少なくなっているので、県外の方々向けのイベント一つ一つを大切にしたいと思います。今できるイベントをより感謝の気持ちを込めて工夫も加えて、お客様に楽しんでもらえるようにしたいですね。
――7月14日今季初の観客を動員してのホームゲーム開催。率直な感想は?――
いまだかつてない無観客試合というものを経験したからこそ、満員ではなくてもお客様がスタンドにいるという光景を見ることができて、素直に嬉しい気持ちでした。
僕にとっては職員として初めての観客を入れての試合でしたので、5,000人という限られた人数規模でも、来場されたお客様の歓声や選手のプレーに対する1球1球への反応が大きなものにも感じました。
これから徐々に制限が減っていき、人数が増えたり応援も普段通りできるようになり、スタジアムが満員で赤く染まる時を楽しみに、今後のモチベーションにも繋げていきたいなと思いました。
――最後に、今後の意気込みを教えてください――
実際に球団職員として取り組む中で、お客様がどんな顔して楽しんでくださるのか見てみたいですね。今季は難しくても、スタジアムに満員のお客様がいて、真っ赤に染まって、バルーンが飛ぶ瞬間が見られるように、僕も頑張りたいです。
竹原雄人
Yuto Takehara
株式会社広島東洋カープ企画運営本部ファンサービス部ファンサービス課所属
広島県呉市出身。広島県立呉商業高校では硬式野球部に所属し、選手として活躍。卒業後は上武大学ビジネス情報学部国際ビジネス学科に進学し、硬式野球部ではマネージャーとして活動。第43回日米大学野球選手権大会では、侍ジャパン大学日本代表にマネージャーとして帯同し、チームを支えた。
本取材にご協力いただきました広島東洋カープの関係者の皆様、本当にありがとうございました。
(文・写真 向畑/インタビュー 矢上)