ソフトテニス

北広島町に支えられた3年間、革命的ソフトテニスを次世代へ

どんぐり北広島ソフトテニスクラブ 上田祐歌

広島県の北部、北広島町を拠点に活動している「どんぐり北広島ソフトテニスクラブ」。ソフトテニス界の名将、中本監督と共に活動する、全国初の地域密着型のソフトテニスクラブだ。全国から移住してくる選手は、昼間は町内の事業所等に勤務し、勤務後と休日に町内施設での練習に力を注ぐ。世界選手権で女子ダブルス優勝の実績のある半谷(はんがい)・高橋ペアを筆頭に、国内外の大会で好成績をおさめ、「どん北」の愛称で親しまれるチームは、地域に根ざした活動にも積極的に取り組み、北広島町にとってなくてはならない存在だ。

今回は、惜しまれながら今季で引退する上田(うえだ)祐歌(ゆか)選手に福井県からの移住による北広島町での生活や、引退試合となる「平和カップ」への意気込み、今後の展望について聞いた。

ソフトテニス日本一を目指し福井県から北広島町へ

―ソフトテニスを始めたきっかけを教えてください。
小学校3年生の時に地元のスポーツ少年団に入ってソフトテニスを始めました。姉が高校でソフトテニス部に入っており、ラケットを持たせてもらって一緒に遊んでもらうなど、その記憶はとても楽しいものでした。また、当時テレビで放映されていた「エースをねらえ!」にも影響されましたね。

(コロナ前に開催されていた地域の方との食事会。赤いウェアを着用しているのが中本監督)

―「どん北」のメンバーとなった経緯は?
 教員になりたいという夢から石川県の金沢大学に進み、ソフトテニスをやりながら、小・中・校の教員免許を取得しました。体育の先生として教職に就きましたが、2018年に地元福井県で開催された国体選手として選抜され出場。練習場で中本裕二監督と出合い、「この人からソフトテニスを学びたい」と強く思ったのがきっかけです。攻撃面も精神面も、私が今まで見たことのない指導スタイルでした。監督の魅力、そしてハイレベルな「どん北」所属選手たちを間近にして、日本一の選手になりたいと自ら北広島町行きを懇願したんです。

―中本監督はどんな方ですか?
 見た目は少し強面ですが(笑)、話をすると心を持っていかれるというか…。とてもカリスマ性がある方です。育成、指導、全てに対して熱い思いを持った方です。皆が引き込まれてしまうと思います。それに、よく冗談も飛ばすんですよ。すごく真面目な話をしている時に冗談を入れ込んできたり。私はいつも笑わずに耐えるんですけどね(笑)。厳しい方ですが、結構お茶目な側面もあります。

町全体に支えてもらう愛情たっぷりの3年間

―今季で引退されるとのこと。これまでを振り返って印象に残っている試合はありますか?
 昨年11月に開催された「北広島カップ」です。北広島町に来て、今年で丸3年になるのですが、1年目以降、コロナの影響で全く試合がない状況が続きました。

練習の成果を発揮する場もなく何のために来たんだろうと落ち込んでいた中の開催だったので、とても心に残っています。日本最強の選手が集う「北広島カップ」の開催地は、もちろん北広島町です。普段お世話になっている地域の方たちや、福井から両親も来てくれて、自分のホームで試合ができている感覚が嬉しくてたまりませんでした。皆さんに元気を与えたい一心で試合に臨み、声援や、拍手もたくさんいただきました。勝った後には地元の方々とハイタッチ。北広島町に来て本当に良かったなと思えた試合でした。

(地域の方が主催した選手のための成人式)

―きっとたくさんあると思いますが、地域の皆さんとの思い出は。
 私たちに一番近いところで接してくださる、「べっぴん組」という3人組のお母さんたちがいらっしゃいます。試合の時にご飯を作ってくれたり、お弁当を持たせてくれたり、それに誕生日にプレゼントをいただいたり…。私にとって、本物のお母さんのような存在です。地域の皆さんは、「どん北」の選手1人1人を、娘や孫のように思ってくださいます。
それに、四季折々のイベントを開催してくださいました。夏の流しそうめんは、印象深かったですね。 

また、コロナ前ですが、パン食い競争もやりました。みんなで食事をした後、べっぴん組の方たちの「今からゲームをします!」というかけ声で、突然パン食い競争が始まったんですよ。選手も、地域のおじいちゃん達も入り混じって、走って笑って。私たちはソフトテニスのために北広島町に来ていますが、実際ただ結果を求めてソフトテニスをしているだけでは、苦しかったと思います。皆さんの支えや地域の方々との時間のおかげで頑張れました。

中本メソッドを若い世代へ繋ぐ指導者としての道

―前回大会で優勝されている「第2回平和カップひろしま国際ソフトテニス大会」が3月中旬に開催されます。現役最後の大会を前に、緊張されていますか?
 実は、緊張もプレッシャーはあまりないんです。もう泣いても笑っても最後の大会です。どんな結果になろうとも、これまでのテニス人生で培ってきた私のベストパフォーマンスを出していこうと思います。とりあえず、試合中にしっかり声を出していきたいですね。大声を出すって日常生活では基本ありませんから。テニスコートで自分を表現できる時間が最後だと思うとちょっと悲しくなりますが、最後まで自分のテニスをやりきりたいと思います。

―最後に皆さんにメッセージをお願いします。
 短い間でしたが、北広島町でソフトテニスができて、とても幸せでした。地域の皆さん、選手のみんな、監督、コーチ、全ての方が私にとって本当に大切な存在です。誰が抜けても自分が成長することはできなかったと思います。「どん北」では、学生たちにソフトテニスを教える活動も行いました。北広島町に来る前、教員を一度やめた私ですが、おかげでもう1度指導者としての道を歩みたいという新しい夢を抱くことができました。4月から、石川県のソフトテニス強豪校で、教員としての採用が決定。中本監督のテニススタイル、そして私が北広島町で習得してきたこと全てを広めていきたいと思います。これからは、私が教えた生徒を日本一にするという目標を掲げ、頑張っていきたいです。でもまた、皆さんに会いに、ここに戻ってきます!本当に愛情深い町でした。感謝の気持ちでいっぱいです。


上田祐歌

Ueda Yuka

1995年生まれ。福井県出身。小学生からソフトテニスを始め、2018年に開催された東日本ソフトテニス選手権大会で2位。2018年の福井国体では4位の成績を残す。同年11月より、どんぐり北広島ソフトテニスクラブでプレー。粘り強く諦めないプレースタイルを貫き、今年3月に現役を引退予定。中本監督から得た知識やメソッドを携え、石川県にて指導者としての道を歩む。


本取材にご協力いただきました、どんぐり北広島ソフトテニスクラブ関係者の皆さま、誠にありがとうございました。(文・インタビュー 大須賀あい、写真・どんぐり北広島ソフトテニスクラブ提供)